プーランク 《スターバト・マーテル》 対訳完成と全曲YouTube動画公開
対訳は → プーランク スターバト・マーテル
この日のミサでは《スターバト・マーテル》を歌うならわしなんだそうです。昨年のドヴォルザークに続いて、今年はプーランクの《スターバト・マーテル》を公開してマリア様の悲しみを偲ぼうと思います。
昨年12月に公開したヴェルディ《聖歌四編》と同様、ラテン語歌詞対訳には国会図書館の近代デジタルライブラリーから「公教会羅甸歌集」(明治36年)に掲載されている日本語訳を使用しています。
ヴェルディのときに「旧仮名遣いが読めない箇所がある」と書いた第3節の文字がこのたび判明しました。「幾何(いくばく)ぞや」でした。近代デジタルライブラリーには昭和10年発行の「公教祈祷書」というのも上がっていて、明治のものと同じ訳文ですが(漢字表記や送り仮名は多少違う)、フォントが鮮明で読みやすい。こいつで確認できました。訳文を読むだけなら昭和のがいいですが、明治のは対訳(ただしラテン語はカタカナ表記)になっていて、異版が存在する《スターバト・マーテル》のどの原詩ラテン語に訳をつけたのか確認できる点で捨てがたいものがあります。
その異版ですが、「公教会羅甸歌集」やヴェルディとは異なる部分がありましたので適当に訳語を差し替えオレンジ色で示しました。第17節です。(その他にも綴りの違いなど細かな異同があります)
<ヴェルディ>
Fac me plagis vulnerari,
Fac me Cruce inebriari,
Et cruore Filius.
<プーランク>
Fac me plagis vulnerari,
Cruce hac inebriari,
ob amorem Filii.
ラテン語日本語対訳字幕付きYouTube動画も同時公開です。音源はジョルジュ・プレートル指揮/パリ音楽院管弦楽団/レジーヌ・クレスパンによる演奏です。この曲の初録音だそうです。名演だと思います。この音源は公開から50年以上が経過し、日本をはじめ著作隣接権保護期間を50年と定める国では、パブリックドメインとなっています。
昨年のドヴォルザークと同じ歌詞に曲をつけたとはとても思えない。ドヴォルザークは(特に前半)鬱々とした暗さが支配的でしたが、プーランクのはずいぶん明るく官能的ですらある。演奏時間は約30分と短く(ドヴォルザークの3分の1!)たいへん聴きやすい曲だと思います。
プーランク 《スターバト・マーテル》
レジーヌ・クレスパン(ソプラノ)
ルネ・デュクロ合唱団
パリ音楽院管弦楽団
ジョルジュ・プレートル(指揮)
録音時期:1963年
録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
作曲は1950年、初演は1951年6月。プロジェクトで公開した中では最も新しい作品です。20世紀後半の作品の場合、たいてい「死亡年」を起点に計算する「著作権」より「公開年」が起点の「著作隣接権」のほうが先に保護期間が終了します。ブリテン自作自演の《戦争レクイエム》やレノン=マッカートニー自作自演の「ラブ・ミー・ドゥー」が典型例です。これらの「隣接権」は切れていますが、「著作権」はまだです。
このプーランク作品は上述の通り、プレートルやクレスパンなど実演家の「著作隣接権」保護期間は終了しています。ですがプーランクの「著作権」保護期間は切れているのか?微妙なところです。考えてみました。
フランシス・プーランクは1963年1月30日に亡くなりました。よって日本をはじめ「著作権」保護期間を50年と定める国では2013年12月31日で保護期間が終了します。しかし日本では、2013年末で終了するのはサンフランシスコ平和条約が発効した1952年4月28日以降(法的にはこの日をもって「戦後」とみなす)の作品だけです。
例えば《グローリア》(1959)の「著作権」保護期間は2013年末で終了しているにもかかわらず、それより20年も前の作品である《オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲》(1938)の保護期間は2024年5月21日まで継続するのです。新しい作品のほうが先に保護期間が終了するわけです。これは連合国民であったプーランクの戦前・戦中の作品には戦時加算する必要があるためです。
戦前の作品である《オルガン協奏曲》には加算日数3794日をまるまる足します。では戦中(ただし休戦中)の作品である《スターバト・マーテル》(1950)の場合、加算日数はどうなるのか?これが結構難しい。
加算日数は、枢軸国側が連合国側の「著作権」をないがしろにしたとされる日数で、それは最大で開戦から講和までの日数なのです。しかし、1950年作品である《スターバト・マーテル》を日本がないがしろにしたのは、当然開戦日からではなく、作曲完成後のどこかの時点から講和発効前日までであるはずです。
では起点はどの時点なのか。作曲完成日?それとも初演日?もし仮に《スターバト・マーテル》が作曲完成後、誰にも知られることなくプーランクの引き出しの中に長く眠っていたとしたら、講和以前の日本でこの作品を(著作権使用料を支払わずに)演奏しようもない、プーランクの権利をないがしろにしようもないわけで、その場合戦時加算は必要ないのではないか。つまり戦時加算の起点は著作権所得日(=作曲完成日)ではなく作品が公開された日、音楽の場合具体的には、スコアの出版日か初演日であるべきではないかと私は思うのです。
しかし法律にはちゃんと書いてありました。「連合国民がその著作権を取得した日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生ずる日の前日までの期間(連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律第4条第2項)」、つまり起点は「著作権を所得した日」であると。
戦時加算日数は文字通り「日割り」です。1950年作曲とか幅のある起点ではなく、何月何日という1日を起点に定めないと計算しようがありません。さあ困った。著作権所得日(=作曲完成日)なんてわかるのか?
わかるのもあって、有名なのはワーグナーの《指環》完成日。自筆総譜の最終ページに「1874年11月21日、ヴァーンフリート荘にて完成。もう何も言うまい!」と書き込みがあるそうです。ではプーランクの自筆譜に当たるしかないのか、パリまで行けばそれは見られるものなのか、ていうか見られても完成日の書き込みがなかったらどうすんだ……。(立ち読みしたプーランク本には、初演の2カ月前の1951年4月にオーケストレーションが完成とあったがさて……)
あきらめました。作曲完成日が1月なのか12月なのかによって戦時加算日数には1年の幅がありますので、《スターバト・マーテル》の保護期間終了日は2015年の4月から2016年の4月までの間のどこかです。本日動画を公開しちゃったということは、もし作曲完成日が1950年5月20日以前だったら、「著作隣接権」は切れているが「著作権」はまだ保護期間継続中の作品を権利者の承諾なしにYouTubeに公開したということで、これは著作権法違反ということになります。
ヤバいじゃん!ダメじゃん!
ここで登場するのが「包括許諾契約」というヤツですよ。「著作権」が切れていないJ-POPなんかを初音ミクに歌わせて(あるいは自分で歌って)YouTubeやニコニコ動画に投稿することが許されるのはこいつのおかげです。ただしその楽曲がJASRAC管理楽曲である必要があります。
プーランクはJASRAC管理なのか?調べてみました。ありましたよ、プーランク!ちゃんと《スターバト・マーテル》も登録されています。あれ……でも《スターバト・マーテル》にPD(パブリックドメイン)を示すマークが……。
なーんだセーフじゃん。
ところが、試しに前述の《オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲》を調べてみると、これにもPDマークが……。
おいおいJASRAC、戦時加算考慮してないだろ!
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