朝比奈隆訳《お蝶夫人》対訳完成と「ある晴れた日に」YouTube動画公開
対訳はこちら → お蝶夫人
先週の記事でも紹介したとおり、朝比奈はわかっているだけでも387回もオペラを指揮しており、関西歌劇団の上演にあたっては自ら訳した「歌える日本語訳」を使いました。
なかでも《お蝶夫人》は大のお気に入りでたびたび取り上げています。今回公開する対訳はそのときの遺稿をもとにしています。
後年、朝比奈はオペラの日本語訳までするようになる。これは指揮者としては例外中の例外で、朝比奈がいかにオペラに魅了されていたかがわかる。
大阪フィルハーモニー交響楽団になってからでも、朝比奈は「蝶々夫人」を指揮するときには、必ず涙を流して楽員たちを驚かせた。蝶々さんと子供の別れのシーンになると、たとえ大道具が倒れてこようと歌手が音程をはずそうと、ぼろぼろと涙を流してハンカチで眼をぬぐった。
この尋常ならざる思い入れには、朝比奈の複雑な出自が関係していることは疑いようがありません。朝比奈は妾の子で朝比奈家に里子に出されたという。いちおう実の母とされる人は判っているのですが、それも疑わしいそうです。
さっそく、朝比奈訳を使って「ある晴れた日に」「蝶々さんの死」の動画対訳を作成しました。アリア2本を1本の動画にまとめています。蝶々さんはマリア・カラスです。この音源は2017年末の時点で公開から50年以上が経過し、2017年まで著作隣接権保護期間を50年と定めていた日本では、パブリックドメインとなっています。
カラスの歌声にあわせて朝比奈訳を脳内で歌ってみてください。朝比奈の工夫のほどが伺い知れると思います。例えば「levarsi un fil di fumo」のところ、「東の海に」と訳されています。長崎に入港する船は、古地図を確認するまでもなく、西からやってくるはずですが、「levarsi」と「ひがし」の語呂が良いことから採用されたに違いありません。まあ日本から見てアメリカは東とも言えなくはないですが。
さて、今後約1年にわたって、当プロジェクトは十数点に及ぶ朝比奈の「歌える日本語訳」を順次公開します。紙のテキストからの文字起こしと校定は、すべて押尾愛子さまが行っています。押尾さまは「朝比奈隆のオペラの時代」の著者で、当プロジェクトではドイツ語翻訳ボランティアとしてもご活躍です。いつもありがとうございます。
また押尾さまには、朝比奈のご子息である朝比奈千足氏からの使用許諾にも骨を折っていただきました。今回の《お蝶夫人》と今後当プロジェクトで公開する朝比奈の「歌える日本語訳」は、千足氏の掲載許可を得ています。快諾いただいた朝比奈千足氏にも感謝申し上げます。
いうまでもなく朝比奈の遺稿は2071年末まで著作権法の保護を受けています。テキストの複製・転載・転用は固くお断りいたします。
→ お蝶夫人
→ ランキングを見る(にほんブログ村 オペラ 人気ランキング)
→ ランキングを見る(クラシック情報サイトボーダレスミュージック)
この記事へのコメント