シュトラウス「献呈」バンブリー YouTube動画公開

→ リヒャルト・シュトラウス
グレース・バンブリーです。この音源は2017年末の時点で公開から50年以上が経過し、2017年まで著作隣接権保護期間を50年と定めていた日本では、パブリックドメインとなっています。
ちなみに、シュヴァルツコップの「献呈」は著作権が切れていないヘーガー編曲のオーケストラ伴奏版のためウチでは扱えません。
今回はじめて Chat GPT の和訳を字幕に使ってみました。
はい、君は知っているね、愛しい人よ、
遠く離れている僕が苦しんでいることを。
愛は心を病ませる、
ありがとう。
かつて、僕は自由を愛する酔漢として、
アメジストの杯を高く掲げ、
君はその飲み物を祝福してくれた、
ありがとう。
そして君はその中の悪を封じ込めてくれた、
僕がかつてなったことのないものに、
神聖に、神聖に、君の心に抱かれるまで、
ありがとう。
第3節がちょっとわかりにくいので、説明してくださいと頼むと……。
第3節では、詩の語り手が、特に象徴的で精神的な変化を表現しています。ドイツ語の詩特有の文脈や比喩が含まれているため、やや抽象的に感じるかもしれません。この節の内容を段階的に説明します。
1. "Und beschworst darin die Bösen"
直訳すると「そして君はその中の悪を封じ込めてくれた」となります。「Bösen(悪)」は象徴的に「悪いもの」「邪悪なもの」を指し、語り手が経験した苦しみや不安、否定的な感情を意味していると解釈できます。相手がこれらを「封じ込めてくれた」と語っています。
2. "Bis ich, was ich nie gewesen"
「僕がかつてなったことのないものになるまで」という意味です。ここで語り手は、自分がかつて経験したことのない新しい感情や存在状態に変化したことを示唆しています。それは、おそらく愛や感謝、あるいは霊的な「清らかさ」への変化です。
3. "Heilig, heilig an’s Herz dir sank"
「神聖に、神聖に君の心に抱かれるまで」と訳されます。ここでは「heilig(神聖)」が繰り返されており、語り手が相手との結びつきによって、深い霊的な意味合いを感じ取っていることを強調しています。語り手は、まるで清められたように相手の心にたどり着く、あるいは抱かれると表現しています。
4. "Habe Dank!"
最後に「ありがとう」と感謝を述べています。この変化や救済、癒しをもたらしてくれた相手に深い感謝を表現している部分です。
この節では、語り手が相手によって内面的な変化を遂げ、「神聖」と感じるほどの深い結びつきを得たことを詩的に表現しています。愛や癒し、精神的な高揚感がテーマになっているようです。
はー、脱帽ですわ。結局、冒頭の「はい」を「そう」に変え、第3節に「僕がかつてなったことのないものになるまで」のほうを採用し、字幕にしました。
今日は作詞のヘルマン・フォン・ギルムの誕生日だったようです。
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